divadlo

2018年01月

baby theatre,Dalija Acin Thelander WS_参加記録

寒中見舞い申し上げます。昨年はマイペースながらも充実した活動をさせていただきました。お世話になったみなさま、ありがとうございました。
今年は昨年に引き続き幼稚園、保育園での出張上演やえんげきあそびとともに、501FURNITUREの店舗でも上演をしていきたいなと考えています。
また、秋にちょっと大きな企画も計画しているのでまた少しずつお知らせしていけたらと思います。

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さて、新年早々ベイビーシアターのWS参加の為に、然くんだけを連れて上京してきました。
ベイビーシアターについては昨年のちょうど今頃、つわりでグロッキーになりながらジャッキー・E・チャンさんのレクチャーを受けに福岡市まで行ったことがありました。ジャッキーさんのお話は脳科学的なアプローチも多く、アカデミックな印象で、本当に大きな刺激を受けることができました。今回講師をしていたダリアさんからはより実践的なお話を聞かせていただいた気がします。本当に多くの気づきとひらめきをもらえました。自分の仕事を通して実現できることがちりばめられた話だったので、咀嚼して、トライしていこうと思いました。

1日目はダリアさんの創作についての話もしつつ、乳幼児の発達段階についての基本的な話や、参考文献についての解説も織り交ぜながら、乳幼児のための舞台芸術が彼らの発達においてどんな影響を与えうるのかについて。
2日目はダリアさんの演出作品を例に、音楽や美術についてのお話や、具体的に会場で起こった事例などを元に観客との関わりについてのお話なども。多岐にわたるトピックをかなり詳細に話してくれたので、ヒントになるキーワードが散りばめられたお話でした。

オイリーカートが実践する障害を持つこどもたちの為の多感覚演劇とも、共通項は多いものの、別物だなと感じました。ベイビーシアターはよりインタラクティブな要素が強い印象。観客が入って初めて成立する部分が多い。ドラマトゥルグも必要ない、とまで言い切っていたのはとても印象的だった。観客(ベイビー)と演者の境を取り払っていく作業。その為に演者に求められる知識と感覚。自分の作劇に立ち返って、聞いてきた話を反芻すると、目が冴えて全く眠れなくなるほどでした。

演劇が教育的であることに対しては反対の立場であると言っていたのが意外に感じた。演劇は教育以上のものであるという考えだから、ということだったけど、その場でいう「教育」の定義が曖昧だったので、しばらく考えてしまった。なぜなら、提示してくれた様々な参考文献や、ダリアさんが感じていることはモンテッソーリやレッジョなどの幼児教育で言われていることと重なることが非常に多かったから。こどもの発達段階に対して慎重に注意を払う、ていう意味ではそれが教育だろうが演劇だろうが、掲げる看板の違いだけのようにも思えた。しかし「アーティストの直感を大切に」「アーティストとしてこどもたちとどう出会うか、どう向き合うか」や、イデオロギーのくだりを聞いて、少し腑に落ちた。あくまでも演劇作品を作るのだ、作り手の本分がすり替わらないように、ということなのかなと思った。

これまで、私が提供してきた作品の上演中でも、他の人の作品でも、小さな観客が芝居には目もくれずにその場にあったものをおもちゃにして遊びはじめたり、ウロウロ歩き回ったり、全く関係ないことをしゃべり始めたり、ということはよくあることだった。日常茶飯事といってもいいくらい。そしてそんなこどもたちに、「ちゃんと見なさい」「静かに!」と親御さんや先生が注意をしたり、ひどいときは動かないように押さえつけたり、悲しいことにその場から出て行ってしまうこともよくあった。その度に、悪いのはその子じゃないんだけどな、という思いでいっぱいになった。多くの子供向けの芝居は3歳以上が対象だ。0歳から楽しめる作品です、と謳ってはいてもその実、0歳たちは置いてけぼりにされている光景はよく見かける。今思うと私もそのクチだ。彼らは人生の中で感覚的に、発達段階としても、特別な時期にいる。彼らに徹底的に寄り添う舞台作品を作ることは、これまでの作劇とは全く違うチャレンジになるだろうと思った。正直、現実問題、色々壁がある。自分が今、求められる現場の要望と擦り合せるのはかなり難しそう。まあでもやってみるだな、と思いました。

挙げ始めたらきりがないので、とりあえずこの辺で。
あとは実践あるのみ。

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二日間、ニコニコ笑って過ごしてくれたうちのベイビーと、家で待っていてくれた家族に感謝です。